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福岡高等裁判所 昭和57年(ネ)786号 判決

控訴人

苅田町

右代表者町長

尾形智矩

右訴訟代理人

貫博喜

被控訴人

黒木盛義

右訴訟代理人

塘岡琢磨

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対して五〇万円及びこれに対する昭和五六年一二月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを一二分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

三  この判決の金員支払部分は、仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因事実1、2は、当事者間に争いがない。

二右争いのない事実によれば、本件選挙の開票にあたり、開票管理者が佐谷登喜蔵の得票中に「佐谷登喜蔵君へ」なる無効票が一票あつたのに、これを誤つて有効票と認めたため、被控訴人が落選者とされたものであつて、右誤りは開票管理者が通常の注意を払えば避け得たものというべく、公職選挙である本件選挙の開票管理者は投票の効力を決定する権限を有する公務員であり、右過失は右職務執行中のものであるから、控訴人は国家賠償法一条一項により被控訴人の受けた損害を賠償する責任がある。

三被控訴人は損害として先づ、当初から議員であつたならば当然受けるべき二年一ケ月分の議員歳費を請求する。

ところで、被控訴人が当選したのは、右開票管理の過失がなければ、被控訴人の得票数が佐谷のそれを上廻り、被控訴人が必然的に当選したものと認められる場合ではなく、異議申立等の結果佐谷の得票中に無効票が一票存在したため、被控訴人と佐谷の得票数が同数になり、公職選挙法五二条二項所定の抽せんの結果被控訴人が当選したに過ぎないものである。従つて、右当選は抽せんという偶然が寄与したためであつて、仮に開票管理に過失がなくても、被控訴人は抽せんによらなければ当選できなかつたもので、その場合当選できたかどうかの確率は二分の一に過ぎず、結局被控訴人は開票管理の過失により、二分の一の確率で当選できる可能性を奪われたものである。

そして、不法行為者が賠償すべき損害は、不法行為と相当因果関係のあるものに限られるものと解すべく、これを逸失利益についていえば、不法行為がなかつたならば通常得られたであろう利益を指し、被控訴人の主張する右損害が認められるためには、開票管理の過失がなければ、被控訴人は通常当選したといえる場合でなければならないところ、仮に開票管理に過失がなくても、被控訴人には当選の可能性は二分の一の確率でしかなかつたものであるから、このような場合には、開票管理の過失と被控訴人の当選との間には相当因果関係を認めることはできず、被控訴人の逸失利益の主張は採用することができない。

四次に、被控訴人は慰謝料の請求をする。

ところで、右請求が、開票管理の過失がなかつたならば被控訴人が当選したことを前提とするものならば、その理由のないことは右に述べたとおりである。

しかしながら、右請求は被控訴人が抽せんの機会を奪われたことを前提とする慰謝料請求も含んでいるものと解され、右の意味の請求の認容できることは論を俟たないところである。

そして、被控訴人は開票直後抽せんの機会があつた筈であるのに落選者とされ、町委員会に異議を申出をなし、更に県委員会に審査申立をなす等の結果二年一ケ月遅れてようやく抽せんの機会を得たことは当事者間に争いがないから、被控訴人が右の期間抽せんの機会さえない落選者として取扱われることによつて精神的苦痛を受けたことは容易に推認されるところであり、これを慰謝するに足りる慰謝料の額は五〇万円をもつて相当と認める。

五以上のとおり、被控訴人の本訴請求は、五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和五六年一二月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める限度で認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと異る原判決は変更すべく、民訴法九六条、九二条、第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 諸江田鶴雄 日高千之)

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